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近江地蔵伝説

北方町角田に二体の地蔵を祭った近江堂がある。昔、五ケ瀬川と曽木川の合流点にある吐合(はきあい)の人達が川を眺めていると、五ケ瀬川をさかのぼってくる二つの木片に気づいた。川をさかのぼってくるとは不思議だ、と拾い上げてみると長さ30cm程の二つの木片であった。よく調べてみると木片は地蔵尊の一部であることがわかった。さらに二片は近江の国(滋賀)の地蔵尊が川に流され、大阪湾に流れ出た後、大海に出て四国沖から九州の沿岸に至り、五ケ瀬川をさかのぼって来た事も解った。そこで村人は地蔵堂を建てて近江堂と名付け、二つの木片を祭った。その後、大人の大きさの地蔵像と子供の大きさの地蔵像の二体の地蔵尊を奉納する人があり、耳や目の病気を治す霊力があるとして信仰されてきた。木片の地蔵尊の方は、あるとき、川の丸太流しに出た人のひとりが「こげんなもんな、木のホタ(朽ちた木切れ)じゃが」といって庭にほおり出したところ、その夜から発熱して寝込んでしまった。心配して地蔵尊に謝りにいったら、ようやく熱が引いたという話も伝わっている。後で安置された等身大の地蔵尊は、大変顔立ちが良いが、ある時期まで綱で縛られていた。そうされるには次のような事情があった。地蔵尊の対岸の鹿越地区は、美女の多い村として知られ、他地区の青年たちがよく夜遊びに出かけてきていた。あるとき鹿越の娘の一人が身ごもった。親は心配して、「相手は誰か」とたずねると、娘は「地蔵様じゃ」と答えた。以来この地蔵尊は夜遊びして娘にいたづらする地蔵とされ、夜遊びで出て行かないように綱で縛られるようになったという。

神話と伝承(甲斐亮典)

近江地蔵堂

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