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織田大明神伝説

延岡藩主有馬氏の時代に、織田信長の弟の孫といわれる杢之丞(もくのじょう)と半兵(重美)の兄弟が客分として城内にいた。織田を名乗るだけあって気位の高い性格だった。ある日殿様が杢之丞の履物を踏んだところ、くっついて離れなくなった。杢之丞が「許す」というと離れた。これを見た家老が「殿様に”許す”とは無礼な」と捕らえ、半兵と共に日之影に送り、杢之丞は平底、半兵は深角の牢に入れた。織田兄弟は、馬に乗って直垂(ひたたれ)姿で送られてきた。深角の牢には平家の落人の子孫という娘がいて、親しく世話をし、子供まで生まれる仲になった。学識があり、予言の能力をもっていて、「カラスの鳴き声がいつもと変わっている。平底の杢之丞が毒を飲まされ、死にかかっているからだ」というと、そのとおりであった。藩主からの「罪を許す、帰城せよ」という知らせを聞いた代官の西与兵衛(にしよへい)がにぎりつぶし、ある夜「火事だ」と村人が言うのを聞いた半兵が窓から顔を出したところを絞殺した。息を引き取るときに「罪無く殺害されることを恨む。七代の孫まで災難を与えるぞ」と言い残した。京都にいた織田兄弟の母は、二人が許されて出牢すると聞き、迎えに来て細島港に着いたとき、「殺害された」という話を聞いたので引き返した。「火事だ」と嘘を言って殺したので、深角地区には火事が多く発生した。「織田様のたたりだ」というので、大般若経を一字づつ石に書いて埋め、舟の尾の昌龍寺で21日間の祈りを捧げてもらったら、火事は起こらなくなった。

深角神社

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