Back Topへ

琴弾松の歌

昔、日向に琴ひきの松というのが三ヶ所あった。

@東臼杵郡土々呂の浜辺 A児湯郡高鍋町の蚊口浦 B南那珂卯と鵜戸神宮石の鳥居の傍 である。

そして今もその跡を残しているのは蚊口浦のだけである。源重之が日向の守であったとき、どこの松を詠んだのか知れないが、その作に、

白波のよりくる糸を渚にすげて   風にしらぶる琴ひきの松

というのがある。土々呂の人は土々呂のを詠んだといい、蚊口浦の人は蚊口浦のを詠んだといい、鵜戸の人は鵜戸のを詠んだと言い伝えている。 (*注)重之:源姓36歌仙の一人、長保2年没、ここに挙げた歌は、夫木集ので重之集には「風にしらぶる」が「風に響くか」になっている。

延宝3年、橘三喜が一宮巡詣の際、ここを旅したとき、その一宮巡詣記に県(延岡)を出て土々呂を通りけるに磯辺に古りたる松あり、松の木の下に石を建て、夫木集の歌を記せり、その歌を見て、

石文にのせぬる歌や琴ひきの 松のしらべのたぐいなるらん

と書いている。しかし、今は松も枯れ、そのあった所さえ定かではない。そして歌を詠んだ碑石は今は東海港の弁天堂手水舎の台石になっている。 *土々呂の琴弾松が枯れたので領主有馬氏が名前だけなりとも永遠に伝えようと、東海港弁天社内の一老松を見て、琴弾松と名づけ、記念碑もここに運んだが、今はそれも枯れて松の位置さえわからず、碑のみが手水舎の台石になっている。

霧島神社・・・この神社入り口周辺にあった

引用:日向の伝説(鈴木健一郎)

Copyright©2008 nAn All rights reserved.