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淡島大明神

淡島神は、医薬の神の少彦名命(スクナヒコナノミコト)が主神。海の神の住吉神の妻であるともいわれている。少彦名命は生産神の高産巣日神(タカミムスビ)の手の股の間から生まれたという。国土神の大国主命と海岸で出会い、兄弟となって協力し、若年で死亡して烏になったといい、大物主命(オオモノヌシノミコト)とも合体し、医薬や"まじない"のほか、酒造の神となっており、淡島神の中心である和歌山市加太神社の主祭神。海女の守り神として信仰されたのが女の神として広がったと思われる。

淡島神に安産を願い、子供が生まれると、小さな産着をつくって海に流すほか、淡島堂に納める。また縁結びや婦人の幸福を願うなど多様な霊力を持っているとされる。婦人達は悩みを話し合い、それぞれ慰めあうとともに、会食をして楽しむ淡島講もあった。淡島神の「御札」を入れた箱を背負い、婦人のお守りを配布して歩く僧もいた。淡島信仰はこれらの僧や願人によって広められ、各地に淡島堂が出来た。 3月3日に海に流す「ひな人形」は婦人の願いをシッカリと抱いて淡島さんのところへ行くといわれる。

■淡島願人と淡島信仰

淡島神では針供養も行われる。折れ針をトーフやコンニャクに刺して、淡島神の前に供えて供養する。これは八大竜王のうち沙竭羅竜王の三女・波利采女(はりさいめ)が、武答大子の妻になっており、武答は異相で牛頭、つまり祇園さんとよばれていることにもつながりがあるといわれる。江戸時代になって、淡島物語を唱和して全国を回る「淡島願人(あわしまがんじん)」が出来た。各家庭の門に立って、淡島神の物語をした後、折れ針や髪の毛を回収し、金銭を貰った。淡島願人に着物を渡すと、病気が全快するといわれ、婦人達が寄付をした。もらった着物の布をぶら下げて歩くので、ボロボロ衣服を着ていると「淡島さんのようだよ」といわれていたという。

民族探訪ふるさと365日(秋山榮雄著)

光明寺・・・淡島大明神を祀る。

日向市の歴史


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