矢筈岳トロッコ路

  

矢筈岳トロッコ路(森林セラピー):(宮崎県延岡市北方町阿下~下鹿川)

やっと行けた矢筈岳トロッコ路。あまり期待せず、草ぼうぼうで、路はガタガタの廃線模様、と思いきや、これまたなんと!、そこは稀に見る立派な遊歩道であった。鹿川沿いに下鹿川まで伸びる旧トロッコ路は、美しい鹿川渓谷沿いに、比叡山三峰、矢筈岳という、いづれ劣らぬ荒々しい岩峰の魅力を、隠すことなく見せつけてくれる。遠くから観る矢筈岳も、千畳敷から見る比叡山も、トロッコ路から観る隆々たる岩塊の立ち上がりに比べると、迫力に乏しい。森林の中も普段は人気も無く、動物の王国なんだろう。ヒヨドリやメジロのさえずりに耳を傾けていると、いきなり山鳥夫婦の激しい羽音、大自然そのものだ。また途中にはトロッコ時代のトンネル、石橋、岩の切り込み、急坂に支える石垣、村落の跡など、見所一杯である。そして何よりビックリすることは、山間にしては道路整備が行き届いていることだ。「上を向~いて歩こ~うよ」実際にやれば千尋の谷だが、あまり足元に気を使わなくて済む(ここローラーか何か通していない?)。

地図
トロッコ

鹿川森林鉄道は、昭和19年(1944)から27年(1952)にかけて敷設された。八戸新町から鹿川まで、支線を含めて28.4km。軌道はやはり762mmだった。一時期トロ乗りさんと犬が牽引していたが、まもなくディーゼル機関車に切り替えられた。鹿川森林鉄道は矢筈岳の大岸壁にへばりつくように敷設された。そのまま芸術品になるような手掘りの切通しやトンネルも設けられ、まさに天嶮を行く森林鉄道だった。日之影森林鉄道と同様、上りは食料や生活必需品などを運搬し、下りは木材を満載して八戸に向った。

日之影町の経済をささえてきた森林鉄道は、道路が整備されるとともに、トラック輸送に切り替えられた。 鹿川森林鉄道は昭和37年(1967年)廃線。(引用不詳)

地図

比叡山千畳敷

今度は比叡山から見た矢筈岳周辺。

槇峰鉱山

近くにある。隆盛を極めた鉱山跡です。

石垣村

同じくトロッコ路があります。今まだ部分的にしか行っていませんが。
花

花 花

ゆすなみ峠(32.6334,131.433)

10台くらいは駐車できる駐車場、トイレも完備されている。付近の空き地も使えば何十台か駐車できるだろう。
ここへの行き方は、延岡方面からは、バイパスの「こんにゃく村」を 過ぎた所を右折(森林セラピーの案内板有り)、そこから案内板通りに行く。迷うことは無い。

矢筈岳トロッコ路入口(10:30出発)

ここから左にコンクリートで舗装された坂道を上る。

舗装されていない林間の道に入る。よく整備されている。周囲は鳥の鳴き声で一杯。

ずいぶん歩いた気がするのだが、500mか?。久しぶりの徒歩なので、どうも感覚が慣れていない。

路の石垣も崖の斜面にきれいに積まれている。こんな45度の崖を削って石垣を造るとは大変だったろう。このトロッコ路は、ほとんどが急峻な崖を削って棚を造り、それを石垣で補強している。大変な費用が掛かっただろうが、木材の搬出でそれだけ利益が出るとは考えられない。あるいは人件費が非常に安かったとか?。

シイタケ栽培、 この路は、地元の林業の方であれば車で入れるのだね。確かに進入禁止の札は無かったが、この路は車では入らないほうが良い。途中で交差するところが少ない。

対岸に見える初めての山、まだ比叡山とは違うだろう。下から矢筈岳、比叡山を眺めることに期待が高まる。

石彫りの路(10:55,30分経過)

案内板に「石彫りの路」とあったが、ここだろう。

U字型の石彫り、何と言ったっけな?。

比叡山の遠景、コンデジの望遠なのでうまくはない。

細い石橋様のトロッコ路。

逆よりカーブを。

姿を現してきた矢筈岳。

矢筈岳と比叡山

比叡山

矢筈谷だろうか?大きな石橋。カーブした石橋も珍しい。

石橋を渡った地点より。下には通水路の穴があるから石橋だね。新発見。

2km。全行程の何分の一かな?

初めての休憩所(11:30)

目前には比叡山三峰、矢筈岳、鹿川の渓谷が実に美しい。谷の水音がこだましてゴーゴーと聞こえる。

比叡山三峰

鹿川渓谷

斜面を滑り落ちる巨大な滝。雄大の一語に尽きる。

近づいてきた矢筈岳の威容。これほど大きかったとは知らなかった。

3kmだ。

このような石が多い。下はきれいに掃除されている。動物の寝床だろうが、私よりきれい好きだね。

見てごらん。この岩場。矢筈岳ですよ。

岩に空いたトンネル、長さもかなり長い。ここが矢筈第一トンネルかな?。

矢筈第一トンネル内部。真っ暗で出口から漏れる僅かな光が頼り。

トンネルを出た所にあるトンネル様の穴。いわば二連のトンネル。

庭園みたいな、自然の芸術品だね。

さあ、4km来たぞ。

当時何かの施設が有ったのかな?。石垣。この路にはこのような場所が何か所もある。当時はトロッコ路にそって、何かの生活圏が有ったのかもしれない。

4,5km

九州自然歩道。懐かしい「カタツムリ」ちゃんと久しぶりに出会った。このトロッコ路では無い。行縢から矢筈岳に抜ける線ということらしい。矢筈岳には細い山道が続いている。

矢筈岳と行縢山の分かれ道の石碑。

鉄製の橋だから、最近のものか、川の流れが激しくて石橋では持たないのか?。

これまで川面よりかなり上を走っていたトロッコ路も、川辺を走るようになってきた。以前、比叡山の千畳敷から、何回もトロッコ路を探したことがあったが、これまで河岸よりかなり上を走っていたために、見えなかったのだね。

最後の休憩所

村跡の石垣、昔はどこもそうだった。車とてほとんどない時代、移動手段は徒歩であった。生活範囲も狭く、しかも一日中居るわけだから、カニの居る沢の穴さえわかっていた。それなりに楽しかったね。だからこのようなところは、非常に落ち着く。

廃屋、ここにもいろんな人生が有ったのだろう。水も電気も引いてあった。

5.km、いよいよあと少しだな。 前回ここに来たのは、下鹿川から逆に降りてきた。 今回の結論として、往復の長い遊歩道は、一度逆から来てみて確かめる方が良いと思う。 今日はここで引き返す。後の分は10日ほど前に逆から来た分だ。

矢筈第二トンネル

砂利工場かな。運搬車が通っているから。ここまでは車で行ってもいいだろう。

森林セラピートロッコ路の案内坂

橋を渡ったところの終点。お疲れ様でした。

手前の橋

下鹿川村の入口。ここを左下に下りてゆく。

編集後記

往復で14kmのトレッキングであった。久しぶりの長距離歩き、疲れたなあ。心理的な問題だが、往復のトレッキングは疲れる。7km歩いて、また7km帰って来なければならない。当り前か!。林間にただ一人、言葉問う相手すらおらず、ずーと他愛も無い独り言。そんな4時間でした。

しかしここは絶対お薦めです。一人で思索にふけるもよし、友とワイワイと楽しむのもよし、たまには貴方もいかがですか?。ただ下は深い谷ですので、落ちないように気を付けてください。

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