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高千穂峡

高千穂峡の地図

高千穂峡:(宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井)

五ケ瀬川上流域の高千穂の峡谷は、元々の渓谷に、阿蘇火山の火砕流が流れ込み、そのまま冷えて固まったところに、又再び渓谷の急流が溶岩を侵食して、深い谷を造ったものである。

その奇異変化に富んだ地形は、いつしか高千穂峡と呼ばれるようになった。一般には、三田井地区の窓の瀬から下流2kmの地域を呼ぶ。その一帯は、高さ80m〜100mの見事な柱状節理の断崖が連なっている。その河床の一枚岩をノミでくり貫いたような川筋が、岩盤を幾つかに分断している。その岩々に、小橋が架けられ、あるいは削られ、縫うように遊歩道が伸びている。

歩を進めるほどに変化してゆく渓谷の景観は、ゴツゴツとした岩肌の男性らしさと、湧き出る地下水が造る御塩井(おしおい)の池や、溢れて淵に落下する真名井の滝など、優美な女性らしさを合わせ持つ。

特に夏の新緑、秋の紅葉の季節には、岩肌とのコントラストが見事な景観をなし、渓谷の自然美を間近に堪能できる。観光客も多く、国の天然記念物に指定されている。

浅学菲才

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神橋・大橋・神都大橋3連の絶景

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神橋

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甌穴群(説明は下記)

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神硯(みすずり)の岩 (説明は下記)

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槍飛橋

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槍飛(説明は下記)

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高千穂峡のハイライト

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仙人の屏風岩 (説明は下記)

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鬼の力石 (説明は下記)

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逆から見るハイライト

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真名井の滝

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真名井の滝周辺

■神硯(みすずり)の岩

高山彦九郎が1792年7月17日に高千穂を訪れています。その紀行文「筑紫日記」に「新橋を渡りて右に十間余なる岩硯のごとくなる有り。何共名あらず予硯石を名付けて可也といひし」とあり、当時の高千穂神社・神主田尻隠岐守は彦九郎と別れの時、次の歌を送りました。

みすずりの岩とやいわれむ神代より 伝へしことの杤ぬ也けり

■甌穴(おうけつ)

岩盤からなる河床に出来る円筒形の深い穴を亀穴、又はポットホールといいます。河床の岩盤の窪みや割れ目の所に渦巻きを生じ、そのエネルギーによって穴が出来、さらにその穴に入った小石が、渦巻きによって岩盤を削るため、こうした深い円筒形の穴が出来ます。

■槍飛

ここは、五ケ瀬川の中で最も川幅の狭いところです。天正19年(1591)県(あがた)領主高橋元種に高千穂が攻められ、三田井本城仲山城が落ちた際、城を脱出した家来たちがここまで逃げたが、橋が無いので槍の柄を手前の岸についた者は飛び渡り、向こう岸についた者は、川の中に転落したと伝えれており、ここを槍飛というようになりました。

仲山城址とは

■仙人の屏風岩(びょうぶいわ)

対岸に広がる屏風面の岩(高さ約70m)を仙人の屏風岩言います。上流の新橋付近から下流の真名井の滝・ボート乗り場付近までが、自然の造形美の美しいところです。昭和9年付近一帯が「名勝天然記念物」に指定されています。

■鬼八の力石

遊歩道横の河原に、一つだけ孤立したような大きな岩があります。鬼八の力石(重量約200t)です。高千穂神社の祭神三毛入野命は弟の神武天皇とともに大和に行かれますが、伝説では再びお帰りになり、高千穂郷一帯で悪行を働いていた鬼八を退治し、この地を治めたといわれています。この時、鬼八が三毛入野命に投げ、力自慢をしたという岩といわれています。

鬼八塚とは

■真名井の滝

太古の昔、阿蘇山の噴火活動で流れ出た溶岩の侵食によって形成された渓谷で、最大の見所が「真名井の滝」です。日本の滝百選に指定されています。

現場案内板より

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編集後記

普通の渓谷美といいますと、川の端を遊歩道や、車道が走り、そこから眺める渓谷美ということになりますが、高千穂峡はチョッと違う味わいがあります。太古の河床の中に遊歩道があり、川筋はさらにその下に侵食されて出来ているために、遊歩道は河の中とも言えるでしょう。いたずらに長くも無いし、ちょうど良い散歩道に、すべてが凝縮されているという感じです。

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行きかた 延岡市から国道218号線を高千穂に至り、右・岩戸、左・高千穂市街の四差路を左折して、高千穂の町並みに入って行く。トンネルを抜け、右手の高千穂神社を過ぎて、しばらくすると急坂なつづら折れの道の途中から、高千穂峡の案内標識どおり、そこを左折、途中二差路になるが、右折すれば遊歩道の北端、左折すれば南端に至る。どちらでも良いが、私は右折して北端から南端へのコースをお勧めする。

周辺見所

botan 高千穂の史跡

botan 御橋の久太郎水神

石橋の石の欄干 石の欄干

神橋ですが、珍しい石の欄干が残っています。

がけ崩れの跡 崖崩れの跡

これは去年崩れた箇所です。被害が無くて良かったですが、このような固い岩盤でも崩れるのですね。

記念碑 九州自然歩道

ここにも有りました。九州自然歩道。

九州自然歩道とは

記念碑

宮日新聞観光百景碑

面白いと言うか、怖いというか!。

団体客を引率した若いガイドさん(日通)の話です。鬼の力石の説明をなさっていたので、私も聞いていたのですが、そのうち、お客さんがホロ酔い気分で「あの石は何時からあそこにあるの?」と聞きました。ガイドさんが「さあ、私がガイドを始めた時はもうありましたね〜」。若いのにすごい切り返しと、私は思わず吹き出しましたが、後で考えてチョッと待てよ。ガイドさんは、はたして冗談だったのでしょうか。万一真面目に言ったとしたら……。怖い話でした。