上椎葉ダム湖

上椎葉ダム湖(日向椎葉湖) :(宮崎県東臼杵郡椎葉村大字下福良針金橋)

椎葉村の上手を通る国道142号線を抜けると左手に巨大ダムが姿を現す。日本初のアーチ式ダム「上椎葉ダム湖」だ。吉川栄治によって「日向椎葉湖」と命名され、2005年(平成17年)に財団法人ダム水源地環境センターよりダム湖百選の認定を受けている。ダムを上から見下ろす地点には、女神公園があり、中にはダム建設にあたり殉職された105名の英霊が眠る「三女神慰霊像」が建立されている。その美しい三体の女神の姿は荒々しいダム建設従業員のよき慰霊となっていることだろう。

日向椎葉湖石碑
日向椎葉湖石碑
ダム左岸より
ダム左岸より
三女神慰霊像
三女神慰霊像
ダム湖百選にも選ばれた景色
ダム湖百選にも選ばれた景色。
73戸の民家、また尾八重小学校もこの湖底に沈んでいる。

◆鶴富屋敷
◆上椎葉ダムとは・・・(ウィキペディア)

三女神慰霊像
◆中央の像:慈悲(両手は仏教の施無畏=慈悲=の印相)
◆左の像:愛情(胸に手を当て温かきキリスト教の愛情)
◆右の像:水(上下を指した手は水の天地流動の意)

製作者富永朝堂氏

ダム右岸より
●総工費  149億円
●貯水量  7,600万立方メートル
●発電能力 9万キロh

ダムの大きさ 高さ110m、長さ340m、わが国初のアーチ式ダムで、貯水による水圧が両側に伝わるように設計された。この式のダムをもつ発電所は他に県内一ツ瀬発電所などがあり、特に一ツ瀬ダムは九州最大のアーチ式ダムである。

ダム建設は5年あまりの歳月をかけ、昭和30年5月26日の初夏に完成した。

延べ500万人もの人口流入があったらしいことから、この時代の椎葉は不夜城のごとく華やかで、また様々な人生模様があったに違いない。

編集後記

ダムというものは何時見てもそうだが、大きければ大きいほど、その湖底には多くの人々の過去の営みが埋没している。自分も含めて、人というものはいつかは過去のものとなる。時という抗いようのない存在の前に、そのはかなさを感じぜずにはおれない。

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